Letter to Verseau – Voice of impressions

〜お便りありがとうございました。〜

ファンクラブのLetter to Verseauの中から抜粋しております。
文中の固有名詞など省かせていただくことがありますが、ご了承ください。


昨日の橿原市のコンサートは素敵でした。
昨年の春も秋の東京のコンサートへも行けなかったので近くに来てくれたら良いのに~と思っていましたら、ネットで橿原市のコンサートを知った時は正に「神~~」と思いました。だってそこなら三重県の鳥羽からだって、近鉄1本で行けるので私のような仕事を持つ主婦でも簡単に行けるからです!
心配していた雪の影響もさほどなくスムーズに到着。
でも気持ちとしては、雪の降り積もる中しんみり聴いてみたいところもありました。
カルテットの皆さんの緊迫した空気の中、何も無いところから聴こえてくる加古さんのピアノの一音は、静寂の雪の夜、雲の切れ間から現れる1点の星の瞬きのようです。
また舞台に近い席を取れましたので皆さんの表情なども見て取れました。
皆さん超ベテランのはずなのに本当に真剣で、アイコンタクトを取り合い一音一音を大切に演奏されてることに驚かされました。
期待していた「神のパッサカリア」「ザサードワールド」はさすがにカッコ良かったです。
アンコールに「それぞれの海」も聴けて嬉しかったです^ - ^
締めはやっぱり「黄昏のワルツ」で盛り上がりますね!
次回は「テンペスト」の演奏も聴いてみたいです。
1月は特別な月。私どもの結婚記念日。主人の誕生日。私の誕生日。そして加古隆さんのお誕生日。
少し早いですがおめでとうございます。
これからのますますのご活躍を楽しみにしております。
2017/01/16

【ペンネーム】ミント


9月に東京渋谷のコンサートに行きました。
南スーダンに青森県の自衛隊員が派遣されました。
この目で過去をしっかりとらえたいという気持ちがあります。
コンサート当日は、会場近くで60歳代のご婦人グループが「戦争のコンサートがあるらしいわ。あんな現実的ではない映像は嫌だわ」と会話が聞こえました。
思わず「私はそのコンサートのために青森から来ました」と発してしまいました。
世の中の人がもっと心を寄せたら平和な世界を感じられるのではないかと思います。
感動的なコンサートから帰宅後、弘前市の国際ボランティア団体ソロプチミスト会長に加古さんのパンフを届けてきました。いつか弘前市でコンサート開催して頂きたいです。

【ペンネーム】N


札幌で、2年ぶりに聴かせて頂いた加古さんの演奏。
第1部のソロパートを聴きながら「純化」という言葉が何度もよぎりました。
心の美しさがそのままに、音にあらわれていたのでしょう。
毎回、感動をいただいていますが、今回は特にどの演奏も心の奥底まで届くような素晴らしいものだったと思います。
一期一会の美しい音楽を届けてくださり、感謝の気持ちでいっぱいです。

【ペンネーム】J.S.


昨日、Kitaraでのコンサート・・・本当にすばらしかったです。
クァルテットの生の音は本当にすてきで、奏でられるハーモニーは心に残ります。
加古様のピアノの音色は神がかりで・・・込み上げてくる涙をこらえるのに困ります。
またお聴きできますように祈りをこめて、感謝申し上げます。
札幌は翌日あいにくの雪で冷え込みましたので、お風邪などひかれませんように。
本当にありがとうございました。
P.S. 最後に立ち上がって拍手を送りたいのですが、日本ではなかなか勇気が要ります。

【ペンネーム】N.H.


あなたが昔作曲された「パリは燃えているか」は、何度拝聴しても心を大きく動かされます。
今回のように悲惨なテロが起きた時にも、必ず聴いてしまいます。
そこには、人間の愚かさや健気さ、ひたむきさ、生きる歓びや悲しみと云った、人間が営々と営んで来た歴史に付き纏う大いなる悲しみが感じられ、心が洗われるように感じます。
これからもご自愛下さり、人の心に染みいる名曲を作曲されますよう陰ながら応援しております。
2015.11.16

【ペンネーム】M.M.


アンコールinサントリーホールの感想です。
5月にも聴かせていただいているのに、舌の根も乾かぬうちに(正しい使い方ではないですが)感動してしまいました。
前半のソロはたった一人きりの演奏だからこその感銘を受けました。
音が、天井に昇りそのまま昇華するように消えていくような繊細な音や、舞い降りて雨粒のように大地に浸透していくスムースな音、叩きつけるような迫力のあるゴヤの巨人の足音のような音・・・
広くそしてよく響くホールの暗い照明の中 浮かび上がるような白いシャツに身を包んだ加古さんが、もう時にはガラスに時には大樹にも感じ、微細な色合いの音を感じることができる生の演奏って本当に素敵だなあとドキドキしました。
そして待望のカルテット!
又しても加古さんと同じで全暗譜!!なのに、以前より更に更に息がぴったりでまるで一つの心臓を分身の術で分け合って4人になったり2人になったり・・自由自在。
一糸乱れぬをググったら この演奏が出てくるのではないかと思う位の素晴らしい演奏でした。
それにしても4人の存在感は更に増しているのに、より一層一つになれているって本当にすごいことですよね。
後半のオーケストラは予想を超えました!!!
とは初めて加古さんのコンサートに連れてきた友達の談です!
「こんなに圧倒的なエネルギーを感じるものなのか!」と言うので、「そうだ」と教えてあげました。
「いつもこうなのか!」と言うので「いつも、燃え尽きて帰るのが常だ」とも答えました。
まるでロックなんかのコンサートで一緒に飛んだり跳ねたりした後みたいに、汗を掻いている友達に、私もおでこにいっぱい汗を掻きながら、更にぐっと入り込みすぎて握りこんだ 爪のあとがいっぱいの手の平を見せて、二人して大笑いしながら六本木一丁目まで歩いたのが思い出されます。
本当に楽しかったです。
今回印象に残ったのは瑞雲です。とても感動しました。
薄い箔を重ねていくような期待感が音が重なるたびに強くなって、そんな会場全体の気持ちも織り込みながら これから起きる奇跡を予感させるような・・なんだか、ちょっと大きな表現になってしまいましたが、その位とても素晴らしい演奏で鳥肌がたちました。
本当に隅から隅まで素晴らしいコンサート、ありがとうございました。

【ペンネーム】ILTK


サントリーホール、言葉では言い尽くせないほど感動しました。
この感動をどこにぶつけたらよいのか、やっとここにたどり着きまして・・・遅まきながら失礼します。。
もうあまりの感動で混乱してしまって、CDすら 先日やっと封を切って聴いた有様で。
1曲目の鎮魂歌・・・サントリーホールで一生懸命涙をこらえながら聴いていたのを思い出しながら、3月11日だけでなく、亡くなった父の事も思い出し、家なので堪えなくても良い涙を思いきり流しながら聴きました。
曲の始まりと終わりが他の曲よりも余韻を長くとっている気がするのは気のせいでしょうか・・私はいつまでもひたっていたい派なので、あの長さはとてもありがたいです。(コンサートですぐ、拍手がくるのも個人的にはもったいない気がするのですよね・・)
次の・・・って1曲1曲語っていたら長くなるのでサントリのほうに絞ります。
私はカルテットが大好きです。みなさんの個性のある音がひとつになるとあんなに膨らんで包み込まれるような綿菓子のような音になったり、鋭く刃のごとく切り込んでくるような迫力で迫ってきたり、まさに音楽職人のように誇りを持って演奏されてる方々だからこそ、できる演奏なのだなあと、今日本で聴いておかなかれば損をすると思う方々と思ってます!
そんなカルテットの演奏を間近で見れるだけでなく、更にオーケストラまで! さらにさらに、念願の「フェニックス」まで聴けるなんて、なんて贅沢!!
「フェニックス」は、以前イマージュで確か3DかなんかのCGと共に聴いてからもうずっと忘れられなくて、いつかまた聴ける日がくると思いながらずっと待っていた曲だったのです。
以前聴いたときより、人数は少ないはずなのに、もっと立体的なフェニックスだったような気がして、とてもとても感動しました。アンソロジー・・絶対買います!!
あと、印象に残ったテンペスト!もちろん皆さん譜面がないのはすぐ気付きましたが、それが直前に決めたことなんて驚きました。それだけもうカルテットの音って頭の中で歌われていて、あとはまさに呼吸だけの問題なのですね。
音楽をする人同士の呼吸という会話のキャッチボール、受け止めたり放り投げたり・・・目には見えないけどきっと金色のきらきらした糸が絡み合ったりほどけたり緊張したりほっとしたり、まるで私たちも演奏に加わってるような一体感を感じて終わった時はほどよい脱力感さえ感じたほどです。。
こんな感覚、味わえるなんて、なんてラッキーなんだろうってつくづく思いました。
そして、そんな音楽をみなさん心から楽しそうに演奏してらっしゃるのを聴いて、加古さんだからこそ、このような素敵な演奏家の方々が集まるのに違いないと、音楽は本当に心を表すのだなあと思いました。
加古さんの音楽に恥じないよう、私も真摯に謙虚に生きていかなきゃいけないなあと今までを振り返り、これからを見つめなおすサントリーホールでした。。
有難うございました。。

【ペンネーム】MY


加古さん、皆さん、こんにちは。
先日、東京・オペラシティーで行われた「クァルテット」リサイタルを聴かせていただきました。
今回は新作アルバムを買うのをリサイタル当日まで我慢し、敢えてCDを聴かずに当日を迎えました。
10月にチケットが届いた時、リサイタルのポスター写真に思わず見入ってしまいました(CDジャケットにも使われていたんですね)。
加古さんを囲んで何か語り合っているような雰囲気の演奏家の皆さん。その和やかで穏やかで温かな雰囲気に自然に微笑んでしまいました。
ポスターやCDジャケットの写真というと、何かしらポーズを決めたり取ったりしているものが多いので、とても新鮮に感じました。
そして写真の演奏家の方々がどのような生演奏をご披露してくださるのだろうと、リサイタル当日が待ち遠しくなりました。
リサイタルでの“クァルテット”は、その写真と同じく温かな雰囲気を会場一杯に充たしていました。
でもその雰囲気はソリスト同士がアンサンブルという形で「協奏」するという緊張感をしっかりと土台することで醸し出すことができるのではないかとも思いました。
きっと私には理解できないほど難しいことだろうと思いますし、だからこそ加古さんも大事に温め続けた構想の実現に相当な時間をかけてこられたのだとも思います。
私も(あくまでも趣味の範囲に過ぎませんが)ピアノを習っています。
普段はピアノだけですが、今年の夏にはエレクトーンとのアンサンブルを経験し、小編成でのアンサンブルもいいなぁと思ったところでした。
“クァルテット”には及ぶべくもありませんが、また機会があったら私もアンサンブルを経験してみたいと思います。
もう1つ、私はこれまでビオラの音色を単独で聴いた事がありませんでした。
今回のリサイタルで初めて音色にしっかりと触れることができたことも大きな経験でした。
音域はバイオリンとチェロの間くらいでしょうか、でも音色としてはチェロと一緒にピアノとバイオリンをしっかりと支えているような、そんな頼り甲斐のある非常に心地良い響きを感じています。
ビオラのために作曲された作品ってどういう曲があるのか、じっくり検索で調べてみたいと思います。
ビオラの音色とアンサンブルの良さ、また新しい音楽との出会えたリサイタルでした。
12月もリサイタルは続きます。クァルテットの皆様には、くれぐれも体調にお気をつけ下さり、素晴らしい音色を各地にお届け下さいませ。
今後のご活躍が大いに楽しみです。(私もピアノをガンバらなきゃ!…笑)

【ペンネーム】ハーブ・ティー


今日も清流の音が聞こえてくる。
山は花と緑、故郷(平野)は見渡す限りの焼野原。どれだけの時が経ったのだろう。
季節は春の終わり頃。春風が吹き肌に染みわたる。
街や人はほとんどなくなってしまったが桜は以前と変わらず何も言わず堂々(『静かに』でもいい)と立っている。
焼野原に残る花(桜並木)は戦火を超えてなおいっそうに強くたくましく咲き息吹く。
勇ましく威風堂々。
風が強くなってゆく。
少しずつ花びらが散ってゆく。
風の精霊が舞い踊る如く桜の花びらが並木や人の間をうねり疾風して行く。
百花繚乱咲き乱れ舞い踊る。
清流に命(花)が次々と落ち流れゆく。
大海に流れ還りゆく。
遥かなる旅路。
再び大空高く舞い上がり故郷にゆく。
花(命)は再び大地に還り新たな芽(命)を宿す。
また新たな『魂(命・花)』が誕生する。
花は再び美しく咲き誇る。
その姿は人の底知れない生命力の如し。
心魂(内に秘めたる笑顔と陽の気)の息吹きの如し。
霊魂の輪廻転生の如し。
復活しようとする心魂(真の幸福へ)の執念なり。
いつの時代も花(桜並木・命)は大地に咲き息吹く。
『神と仏と人』と共に。

>加古さん、皆さんこんにちは!。
上記の詩文は『春の別れ〜春−花によせて』を聴かせて頂きました後の私の感情・心情(魂)で御座います。
それを詩文の様な形で私なりに表現させて頂きました。
私は戦争体験者では御座いませんが不思議とこういう感情になってしまいました。
皆さんはどういう感情・心情になりましたでしょうか?。
多分、加古さんは日本の自然(春)の風景・情景を頭で描きながら『ぱっと(不思議なひらめきで)』作曲されたと思います。
春の田舎の美しい田園地帯や緑や花でおおわれた平野・山々の景色をイメージされたかもしれませんね。
私もその風景・情景は想像できます。
加古さん、美しい曲を聴かせて頂き真に有難う御座いました。

【ペンネーム】やっちゃん(30)


加古隆さんのアルバムは(たぶん全て)持っております。
希有なセンスと音の美しさ。
イマージュのコンサートでも、他のピアニスト諸氏と同じピアノを弾いているのに、明らかに加古さんの音色がずば抜けていました。
コンサートからの帰りの車中で『アニバーサリー』の中に入っていた、‘白梅抄’を聴いて涙があふれました。心の琴線に触れました。感動しました。
クレーの絵本やアルバム『静かな時間』のような、「静謐」(せいひつ)のイメージを美しいメロディーに変え、それらを一音一音大切に演奏していらっしゃるお仕事はまさに芸術。
子供のころから、父親に、「人間としてせっかく生まれてきたのだから、一生懸命仕事をして、自分の死後も何か残しなさい。目に見えるものでも、目に見えないものでも。」と言われ続けて育ちました。
加古さんは素晴らしい曲と、ご自身の演奏が聴衆に与える感動を残せますよね。
私たちは、加古さんの音楽に癒され、励まされ、何らかの影響を受けます。加古さんと同じ母国語やある程度共通のバックグラウンドを持つ自分は本当に幸せです。
私は6年前に病に倒れました。パニック症候群と心的外傷後ストレス障害です。こんな病気に負けていられない、との思いで、毎日、病気と闘ってきました。
東京、大阪、兵庫、九州などで治療してもらいました。家族、主治医、病院関係者、東洋医学の先生、滞在先のホテルのスタッフ、友人達など様々な方々に支えられて、現在、ようやく闘病生活も大きな峠を越えて、回復期に入り、四、五年後には脳内ホルモンの分泌も正常化するようです。支えてくださった方々にも感謝、感謝です。
そして、6年間血を吐く思いで闘病した自分のことも誇らしく思います。苦しい闘病生活の中で、ベッドの傍らにあったのは、加古隆さんの『静かな時間』、『アニバーサリー』、『春ー花に寄せて…』などのCDでした。(クラシックの巨匠達の曲やアルゼンチンの巨匠ピアソラの曲も聴いていましたが…。)
修験者のように荒行に耐えられたので、人並み以下に低かったわが魂も多少はレベルアップしてくれたようです。
今は養生しながら少しずつ必要なことを学び、身につけていくつもりです。
あと数年後には、何らかの形で社会にかかわり、自分を大切にしながら、人に尽くしていける意義のある仕事のプロとして再起したいと願っています。
オープン・マインドに心がけ、これからの人生はギフトみたいなものだと思っておりますので、積極的に好きなことや趣味を広げていきたいと思っています。
加古さんの音楽やインテリジェンスに触れる機会は、自分の病状が許せば、今からでも逃さないつもりです。楽しみです。
私も、自分がこの世を去っても、何か善なるものを残せれば幸いです。

【ペンネーム】ケイ


夕刊「追憶の風景」の記事を読みました。感動、しました。かっこいいなあ・・・。
「木には、時がしみこんでいる。美しい音は人生の起伏を感じさせ、人の心を震わせる。その震えた心が、木や光や水を大切に思う感性の礎となる。」
100万回「自然を守れ!」と叫ぶより、1曲の美しい音楽がこの星を守る原点になる。本当にその通りだと思うし、よりたくさんの人の心にそのメッセージが届いてほしいと切に思います。
加古さんの曲が心に響くのは、こんな思いがこもっていたからなんですね。

【ペンネーム】やまひつじ


私は、素晴らしいコンサートの余韻にまだ浸りながら、この暑い古の都で、どことなくDuendeの不思議な世界に包まれているような日々を過ごしております。
 加古さん、番場かおりさん、素敵な音楽のひとときをありがとうございました。
Viola&Piano…お二人のステージは、素敵な一枚の絵画を眺めているような気分にさせてくださいました。
私には、どこか、素敵なモノクロームの世界から、音楽が紡ぎ出されているような感じが致しました。
また、昨年の夏、同じホールで,番場さんのViolaの音が始まる時、涙が生まれる瞬間を想ったことも思い出していました。
この一年の間にお二人の素晴らしいアーテイストの絆が一層深まってより一段と実りあるアート作品を拝聴させていただくことが出来ました。
加古さんのピアノがやさしく、紳士的にViolaを導いて行くという様子で、ますます加古さんの、やさしくて頼りになる(=包容力)存在を感じられて嬉しく思いました。
個人的にも、この一年は、とても変化のある年で、悩み、一歩前進したかと思ったら、また、沢山後退するといった日々です。
つい先日、PC上のPVで、加古さんが、”・・明日もまたがんばろう・・・という気持ちにさせるもの・・・それを、音楽で伝えたい”とおっしゃっておられたことが、とても印象に残っております。
…私は、加古さんの音楽に出会ってから、いつもどこか、希望を与えていただいているように思えます。
・・・それは、加古さんの音楽全体に流れている、”清らかさ”ではないかと思います。コンサートの間中、まるで、私は、水辺のすぐそばに来ているかのように思えました。
ピアノが、清らかな水が湧き上がっている泉か何かのようで、もしかしたら加古さんの手は、そこに吹いている風か何かのような存在にも思えました。
コンサートの間、私(聴衆)は、きっと、その風に乗っていられたような・・・そんな感覚です。
 「ジブラルタルの風」は個人的に日頃練習している曲であり、ファン倶楽部がご用意してくださった素晴らしいお席のお陰で、加古さんの指先がとてもよく見えて勉強になりました。(といってももちろん私が、すぐ弾けるようになる訳ではありませんが…笑。)
ありがとうございます。それにしてもなんと美しい手の動きだったのでしょう。私には、どんなdancing(ballet?)より、美しく思えました。
芸術は、人をしあわせにしてくださいます。加古さん、番場さん、しあわせな時間をありがとうございました。

【ペンネーム】Fine


もともと加古さんの曲が大好きでしたが、一年前に熊谷でのコンサートで演奏を聴かせていただいたときから加古さんのことが忘れられなくなってしまいました。
初めの一音を聴いたとき、めまいがして倒れそうでした。そのあとはじーんとした感動が体を駆け抜けて、ただただ夢見心地でした。拍手を送るのが精一杯でしたし、恥ずかしさもあって、ブラボーも言えなかったのが心残りです。
もったいなくも加古さんが寒い北関東に来てくださったのに、盛り上がりに欠けるようにお思いになったかなぁと気がかりでなりません。
田舎なのでいつもこんな感じなのです、すみません。
加古さんが「途中でくじけたりしそうになるときに心の支えになるのがお客さんの反応」という意味のことを仰っていて、感動を表せなかったことをとても後悔しました。
もし、次があるなら期待してください☆反応は薄いように見えたかもしれませんが、加古さんのCDを私の勤める公共施設に置いておいたところ、凄いコンサートだったよねー!との熱い言葉を30人ほどの方から聞きました。
どうかまた来ていただきたいです。あれ以来他のどんなコンサートを聴きに行っても物足りなく感じてしまうようになりました。
また演奏を聴かせていただく日を楽しみにしております。

【ペンネーム】うたうた


7月のコンサートにまた母と参加させていただきました。
まるで映画の一シーンを見たような…現実のものとは思えない世界にいたような…錯覚を覚えてしまいました。
外の暑さをすっかり忘れ、美しい清流のようなピアノの音色に心を綺麗に洗浄され、そのに上にチェロ、ヴィオラ、ヴァイオリンとのカルテットが心深くやさしく入り込んできました。
アンコール曲の「それぞれの海」では感動で涙がとまりませんでした。家族と過ごした子供時代の記憶が次から次へと思い出され…。
加古さんの曲にはご両親を深く思われる気持ちがたくさんあふれていて、両親に素直に感謝の気持ちをいつも表せないでいる私には羨ましく思います。
もっといたわりの心で接しないと…と反省させられます。
やさしく気づかせてくれる音楽には言葉よりもすごい力を持っていると感じました。
35周年を迎えられても変わらず謙虚なお姿、温かいお人柄にも感動させられました。

【ペンネーム】まいこ


先日はじめて加古さんの素敵な演奏を聴かせていただきました。
小学生の娘を連れて行ったのですが、あのコンサート以来、娘は加古さんの音に魅了され、毎日ピアノをひいております。
上学年になり、学校での悩みなどもでてきて、娘がとても落ち込んでいた時期に、ちょうどコンサートへ連れて行く機会に恵まれました。
もともとピアノは好きな子なのですが、あんなに美しい音色に感動し、心を打たれたのは初めての経験だったようです。
優しい気持ちになり、とても元気になりました。親子で癒されたよい一日となり、感謝の気持ちでいっぱいです。
帰ってからすぐに、お気に入りの「愛のテーマ」の楽譜を取り寄せてあげるとDVDを見ては、毎日練習に励んでおります。
美しい音色で、気持ちを込めてひけるようになるにはまだまだですが、不思議なことに、練習しているのを聞いてる私までもが幸せな気持ちにさせられます。
今は、何をするにも便利な時代ですが、反面子育てはしづらい時代だと思うことが度々あります。
自然の美しさや、日々の生活の中でのちょっとした感動など、ゆっくりと味わうことができれば、素敵ですね。
多くの方が、加古さんのピアノによって、そういった気持ちを取り戻せればもっともっと素晴らしいです。
加古さんのピアノに出会えた私たち親子は幸せです。

【ペンネーム】みいすけ


目の前の仕事に追われ、表情も無く言葉も淡々とし、人の感情をどこかに置いて、小さなことに心を動かしていては身が持たない。
それが日常になりがちな日々ですが、加古さんの音楽に包まれるひと時に、思わす顔がほころんだり、目頭が熱くなったり。
感情が動く、わたしの心まだ大丈夫。
コンサートに行くことは、人としての自分を取り戻す、自分の心の在りかを確認することでもありました。
加古さん、番場さん、スタッフの皆さん、今年もたくさんエネルギーを頂きました。

【ペンネーム】河内のみずがめ座