Trajectory

■音楽との出会い■

〜少年時代〜
1947年1月31日生まれ。水瓶座。
音楽との最初の出会いはトスカニーニ指揮のベートーヴェン第5番『運命』のLP。
「聴いているといろんなことが想像できた。自然の映像が見えた」という。
彼の素質を見抜いた小学校の音楽の担任の強い薦めで7歳の頃からピアノを学ぶ。
その後クラシック音楽のレコードを熱心に聴く。
中学生になってストラヴィンスキーの3大バレー組曲『火の鳥』『ペトルーシュカ』『春の祭典』を知り、現代音楽に惹かれ出す。
高校時代にはアートブレイキーとジャズメッセンジャーズのコンサートを聴き、「最初の一音を聴いたときに身体が痺れるほどの」衝撃を受け、翌日からはジャズのレコードの収集に奔走する。
これらが加古隆の音楽の根幹を成す3つの核、クラシック・現代音楽・ジャズとの邂逅である。

〜フランス時代〜
1965年、東京芸術大学音楽学部作曲科に入学。
一時はジャズ・ピアニストへの道も捨てがたく迷ったが、恩師の池内友次郎氏、三善晃氏の影響もあり、現代音楽の『作曲家』への道を決意し、意識的にジャズから距離を置く。
1970年にはNHK毎日音楽コンクール作曲部門で入賞。
パリ国立高等音楽院、オリヴィエ・メシアン作曲クラス(1972) 大学院修了後、1971年フランス政府給費留学生として渡仏。
パリ国立高等音楽院(コンセルヴァトワール)作曲科に入学、現代音楽界の巨匠オリヴィエ・メシアンに師事。
自作『オーケストラのための一章』がパリ音楽院管弦楽団によって初演、また『四重奏曲』が国営フランスラジオ放送局で演奏されるなど音楽院の中でも注目を集める存在となる。
ドイツ、メルス・ジャズ・フェスティバル(1975) 一方、このパリ在学中に当時全盛のフリー・ジャズと出会う。
「それは作曲と演奏が瞬時に進行する即興音楽の世界」
そして1973年、フリー・ジャズのピアニストとしてデビュー。
加古の一連のピアノ・プレイは「現在フランスで聴くことのできる疑いもなく最高のピアニスト」(フランス、ジャズ・マガジン誌)と絶賛される。
パリでの『TOK』ラジオ・コンサートのフライヤー('70〜'80) この時期は大きな転換点となっっている。
「初めて僕は、作曲家であり、ピアノを弾く演奏家であるということ、この二つを同時にスタートさせたのです」
この時期の主な共演者に、スティーブ・レイシー、アルバート・マンゲルスドルフ、ヴィンコ・グロボカールらがいる。
ドイツ、ECM『Paradox』レコーディング時の『TOK』(1979) 出演した主な音楽祭にアヴィニヨン、ナンシー(フランス)、メルス(ドイツ)等があげられる。この頃、自己のグループTOK(トーク)※①も結成。
1979年にはTOKのアルバム『Paradox(パラドックス)』がドイツECMから世界発売された。
一本の電話 その同じ年の冬、北フランスの町カーンで偶然『ソロ・ピアノ・コンサート』を体験する。
大雪でイギリスから来仏出来なくなったピアニストの代役だった。「初めてのソロ・ピアノ。将来自分の進むべき道を予感する」
ヨーロッパ各国での演奏旅行が頻繁でメシアンの教室からは足が遠のいていたが、1976年パリ国立音楽院を審査員全員一致のPrix de Composition(作曲賞)で卒業※②している。

※①:Takashi Kako(piano)の『T』、Oliver Johnson(drums)の『O』、Kent Carter(bass)の『K』、の頭文字がグループの名前。

※②:演奏旅行中の加古は卒業試験の日程をメシアンからの電報で知った。
無事卒業が決まり、お酒が飲めないメシアンと2人、音楽院近くのカフェでコーラで乾杯した。


〜帰国〜
1980年、本拠地を日本に移す。
フランスではジャズ(即興)グループでの演奏が主体だったが、帰国後は自作品によるピアノ・ソロ・コンサートを本格的に開始する。
これにはあの、カーンでのソロの体験が深く関わっていた。
又一方、作曲家として、ピアノ曲、室内楽曲、オーケストラ曲はもちろんのこと、映画音楽、ミュージカル、TV番組、TVコマーシャル、舞台音楽、と精力的に発表。
KLEE〜いにしえの響き(1986) パウル・クレーの絵の印象によるピアノ曲集『クレー』に代表される他のアート(美術、文学、建築、ダンス、映像)とのコラボレーション作品も多い。
1985年、『ポエジー』がニッカウイスキーのTVコマーシャルに使われ大ヒットとなり、加古隆の名を日本の音楽ファンにも一層知らしめることとなった。
1986年、CBSソニー(当時)と契約。(2006年現在は特定のレコード会社所属は無いが、1973年パリでのデビューから現在までその数は50枚に達する)
北海道・トマム『水の教会』でのソロ・コンサート(1993) 1993年、カーネギーホール(Weill Recital Hall)でニューヨークでの初のソロ・コンサートを行い、『水の前奏曲=Prelude de l’eau』、『ノルウェーの森=Forest Echo』がアメリカ・トライスターから全米発売される。
1995〜1996年、NHKとABC(アメリカ)の共同取材によるNHKスペシャル『映像の世紀』の音楽を担当し、放映日には日本全国からNHKに音楽の問合せが殺到するという、大きな反響を呼んだ。その後も『ドキュメントにっぽん』『にんげんドキュメント』のテーマ音楽によって全国的に知られる。

〜映画音楽〜
この他作曲家としては、世界中で公演される山海塾(主宰:天児牛大)の近年の作品に参加し、活動の幅を広げている。
毎日映画コンクール音楽賞受賞の表彰式(2002) 又、1998年第22回モントリオール世界映画祭でのグランプリ受賞作品『The Quarry』(ベルギー、マリオン・ハンセル監督作品)の作曲で最優秀芸術貢献賞を受けた。
更に、2000年庵野秀明監督・映画『式日』、2001年『大河の一滴』(五木寛之・原作、神山征二郎・監督)に続いて、2002年『阿弥陀堂だより』(小泉堯史監督)の音楽を担当し、第57回(2002年)毎日映画コンクールの”音楽賞”、第26回日本アカデミー賞の優秀音楽賞を受賞。
2005年には、初めて校歌の作曲。宮城県立気仙沼高等学校の校歌で、作詞は地元・気仙沼在住の歌人、熊谷龍子。
2006年、小泉堯史監督との2作目となる『博士の愛した数式』の音楽(avex-CLASSICS)を担当し、『愛のテーマ』に象徴されるように、自然から人間に眼を向けた傾向も窺える。

〜加古隆クァルテット〜
2010年には、長年の構想を経て『加古隆クァルテット』のピアノ四重奏団を結成する。
『加古隆クァルテット』福島市音楽堂にて(2011) 加古隆自身の楽曲を奏でる新しいグループでのアンサンブルを思い描き、様々な楽器をイメージしていたところ、結果として辿り着いたのがピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロという4人の構成であった。
それぞれが楽器の個性を生かしたソリストでもあり、最少の人数でありながら、最大限の音楽表現をも追求し、デビューアルバム『QUARTET』、2013年には第2弾の『QUARTET II』を発表。
「美しい音と美しいステージ」のキーワードを持ってコンサート活動も行い、4人のステージ上の配置は斬新で、「耳にも目にも美しい」と評された。
弦楽メンバーのプロフィール

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