文学的な注文
先日、いつもお願いしているピアノの調律師さんが、アトリエのピアノを見るため、ちょうど1年ぶりに来てくださいました。お互いに近距離には居ないので、スケジュールを合わせてということになると、あっという間に1年です。国内、海外のコンサートやレコーディングで、可能な限りは同行していただいています。ブルネイに行った時などは、ピアノの鍵盤が下がらない部分があったりして、鞄の中から持てる道具をいろいろ出して、さながら修理工のような場面もありました。
この人とのお付き合いも長く、かれこれ20数年。初対面の頃を思い出します。ある日のコンサートのリハーサルの後で、KAKOさんがピアノのことでどうも気に入らない箇所があって、調律師さんにそのことを伝えました。本番では、その箇所が素晴らしい状態だったので、すっかり気に入ってしまったという訳です。
でも、こういうこともあります。ピアニストがあれこれ言ったことに対して、「分かりました。やっておきましたから大丈夫です!!」と太鼓判を押してステージに送り出す。するとピアニストは安心しきって演奏してくれる・・・とか。実際には、制約のある時間内で直ぐにはどうにもならない場合とかに「使う手」だそうです。確かに、本番前に緊張しきっているアーティストの言うとおりにあれこれ応えていたら、いつまでたっても幕は開かないでしょう。
ピアノは、低音域を除き一つ一つの各音に3弦ずつの弦が使われています。高音のピッチ(音程の数値)をほんの少し高めにしたり、同じ音の3本の弦のピッチをわざとわずかにずらすことによって、独特の音のふくらみを持たせることができたりするそうです。それは、かなり高度な技術でもあるのでしょう。
例えば、ここの音域は「海のうねりのような」とか、ここは「森の静けさのように」鳴って欲しいと、言うかどうか別として、KAKOさんの注文は結構抽象的ではないかと本人も思うそうです。
具体的に、どんな会話が二人の間で交わされているのか、企業秘密のような感じで興味がありますね。