彩色とモノクロと

閑(シズ)かな日

来週から今年ラストのコンサートが続きます。「THE PIANISTプレミアム」と神戸の「加古隆 クァルテット クリスマスコンサート」。
何かと 忙しくなる前にと、今週は8日の月曜日に 静岡県三島市の佐野美術館 というところに行ってきました。企画展を拝見するためでしたが、もう、目もくらむような展示でした。題して「 超絶技巧!明治工芸の粋」。 京都の「清水三年坂美術館」館長さんである 村田コレクション・一挙公開、だったのです。
以前京都で、七宝の並河靖之(Namikawa Yasuyuki) の作品に初めて出会った時の感動が甦りました。他の七宝作家にはない独特の色使いとかたち。KAKOさんも好きな作家。

これは美しい緑色の器、「桜蝶図平皿」の部分です。

今回は他にも30名くらいの金工、蒔絵などの漆工、薩摩焼、刀装具、木彫、象牙の彫塑などの作品が並んでいました。

図録から、かいつまんでのご説明。この題字も個性的ですね。

戦いもない平和な江戸時代には、甲冑や刀剣、刀装具など武家の道具類がどんどん美術品化していき、それらの装飾技術が進歩して頂点に達したのが幕末。そして迎えた明治時代になって武家社会の終焉を迎えると、各藩のおかかえだった刀装金工や蒔絵師たちが職を失うのですが、それを救ったのが万国博覧会だったのだそうです。明治政府は欧米に日本を知ってもらう好機会ととらえて、国をあげて力作を作らせました。そして会場に並べられた日本の工芸品を見た人たちは、そのレベルの高さに度肝を抜かれます。彼らの国で作られているものとは雲泥の差があった。私の好きな並河靖之の七宝は、展示会場に運ばれると箱も開けないままで競りにかけられ、想像を絶する高値で売却されたのだそうです。 当時の万博は今の万博とは多少趣が異なり、商業見本市的な要素が多分にあって、展示される作品も売られることが普通だったとか。それで輸出は盛んに行われ、現在日本には残っていないものが海外にあるのですね。
明治30年代に入ると日本は急速に工業化、軍事大国化を進めていき、工芸の優秀な人材が工業にシフトしていき、次第に超絶技巧を尽くした工芸品が姿を消していき、明治10年代中頃から作られ始めて、わずか30年程の短命で終わったのです。現代ではもう誰も同じようには作れないとまで言われる、その複雑な技を駆使した究極の作品の数々。何事も”道”にする日本人、とKAKOさんはよく言っていますが、極め尽くすことが日本人の特性であることを見せつけられる一日でした。
なお、佐野美術館は今月23日まで。巡回展は2015年2月~4月に山口県立美術館など予定されているそうです。

さて9日の火曜日はポートレイト写真撮影のために、東京の青山一丁目へ。著名な広告写真家で初対面です。今はSさんとだけ記しましょう。 この方が1999年に出された写真集「KAO-貌」の第2弾のための撮影です。KAKOさんで58人目とか。第2弾では、団塊の世代で普通は定年退職の年齢なのに、、、一線で活躍している人、をターゲットにしているようです。100人くらい登場するのかしら。

この方ならではの照明の作り込みには驚きました。壁とかは明るいのに、被写体にはほとんど光は当っていないように感じられます。カメラマンがシャッターを押すたび、瞬時に直ぐそばにあるパソコンに画像が送られてくるので、事務所のスタッフの方々と一緒に覗きました。そこには、今までに見たことのないような顔の陰影が現れてきて新鮮でした。 1年後くらいに写真集が発売されるそうですから、その時には詳細を発表しますね。CD「アンソロジー」のジャケット写真の、KAKOさんの横顔や手の表情に魅せられたそうです。違うカメラマンの写真なのに、、、とおっしゃってました。 撮影が終わって 帰り際「アンソロジー」に日付とサインをして、お部屋を出ました。
今思い出しても、どことなく室内に色彩感はなくて、モノトーンのお部屋だったような記憶が残ります。別に白黒のものしか置いていなかったという意味ではなく。
それって写真の究極かも、、、?
カラーよりもモノクロ。うーん、これも最近のKAKOさんの言葉だなあ。
というわけで、今週の2日間は特別だったのです。

最初に書きましたが、来週からコンサートが続きます。「THE PIANIST プレミアム」と神戸の「加古隆 クァルテット クリスマスコンサート」。2015年は作曲が多くなりますので、是非とも今年ラストのコンサートをお聴き逃しなく!

2014/12/12

Posted by アトリエール