激しさは何処へ
沢山の方々から、「題名のない音楽会」見ました・・・と声をかけられました。着ていた衣裳、あのシャツ素敵ですね、とか、最後の曲にはなぜ映像が入らなかったのですか?とか、素朴な質問攻めです。先週末からは、映画「太平洋の奇跡」の音楽録音で都内のスタジオに入りました。そこでも、「テレビ見ましたよ。昔は激しい性格が出ていたんですね」と言われました。
そうです、いつでしたか多くの同窓生が聴きにいらしていたコンサートのあと、楽屋まわりではこんな会話がありました。「KAKO憶えてる?俺、殴られたよ」「僕も、僕も・・」「えっ、ホント?ごめん、ごめん」と今頃謝っています。中学の時に柔道を始め、その頃は全校生徒の中で一番背が高かった、というかそのまま身長が変っていないので、今と同じくらいだったそうです。背丈もあり、柔道で鍛えた身体もあり、それに生徒会長とかやっていたらしいので、先生の代わりに生徒を統率してゆく場面もあって、そんな時に、列を乱す者がいれば「ポカッ!」と一発、という感じだったようです。
でもね、とKAKOさんは言います。そういう激しさも自分の中から全く無くなった訳ではなくて、曲作りや演奏のどこかに人知れず片鱗は出ているはず、だそうです。昔のジャズの頃なら、素早いパッセージや起伏の大きいメロディーなどエネルギーの塊が噴出しているような曲もありますが、今は内省的な感じの曲も多いし、うーん、激しさは音楽を律する厳しさに変ってきたのかなあ。
ところで昨日終えた音楽録音のほうは、なかなか壮大なテーマ曲が出来上がりました。弦楽オーケストラのサウンドにハープのうねりが加わり、ホルンなどのブラスやフルートなどの木管も重要な役割を担い、ティンパニーも活躍しています。映画のエンディングのところで、ようやく曲の全貌が現れてくることになりますが、「日本人離れしたスケール」の音楽だと平山秀幸監督さんがふっとおっしゃっていました。なるほど、あの若き日の激しさは、日本の枠をはみ出してしまうような個性と同一だったのかも知れません。